卓也ママさん1

(2007年7月の連載を再構成したものです)

 

ソリューション&インキュベーションの人

 今回、お話を伺ったのはハンドルネーム 卓也ママ(本名 山口智子)さん。2005年まで存在した「ホームオフィスナビ談話室」というネット上の掲示板に常駐し、初心者の質問にもていねいに答えてあげていた方だ。行政主導の各種在宅ワークセミナーで講師をされている経験などから、行政の動向にもくわしい。
 以前、「マスコミが作った在宅ワークブーム」と「いっとき乱立した在宅ワーク系通信教育講座(悪徳商法も含む)」というものがあり、現在はそのどちらも消滅している。その背景には、在宅ワークに対する行政の考え方に変化があったらしいことが、今回伺ったお話から見えてくる。

 

 卓也ママさんは驚くほど幅広い業務を手掛けている。仕事チームのメンバーに対しても、独特の募集(いや、「募集」じゃないんだな…)方法と、独特の養成方法を持っている。
 その仕事ぶりをお聞きしていると、2つの言葉が浮かんでくる。仕事先に対してはソリューション、メンバーに対してはインキュベーション。

 

 普通の売り方が「私の都合」を優先したものだとすると、ソリューション営業は、「困っているあなたの都合」を解決するべく、複合的な仕事を提供する。
普通の営業:「私はテープ起こしができます。私にテープ起こしの仕事をください」
ソリューション営業:「このテープ起こしは何に使いますか? では起こした後は記事としてまとめましょう。Webサイトへの掲載も作業します。アクセス解析はこれをこう設定すれば御社に役立つ事項がわかります。ええ、解析レポートもこちらで作成できますよ」

 

 一方、卓也ママさんの仕事チームでは、メンバーが自分の専門分野を確立して次々に独立していく。卓也ママさんはそれを喜びつつ、また次の人材発掘・養成にチャレンジする。
 インキュベーションとはもともと卵をふ化させるという意味で、一時期、行政がインキュベーション施設というものをやたら作った。ただし行政のは、「起業」路線を支援するもので在宅ワーカーは対象にしていない。
 卓也ママさんは、セミナー講師やメンバー育成を通して、在宅ワーカーのインキュベーションをしている。結構多くの人が考えることなんだけど、あんまり成功例がない。ぜひ見習いたい。

 

対談者の自己紹介

 

山口 智子(ネット上では“卓也ママ”の固定ハンドルネームであちこちに書いております)

 1964年、新潟地震直後の傾いた病院で生まれ、転勤族の家庭に育ちました。
 インベーダーゲーム大流行のころに、「自分でプログラム組めばただでゲームができる」と、パソコンに目覚めます。デパートのパソコン売り場にて、ひそかにBASICのコードをいれて遊んでおりました。
 文教大学情報学部経営情報学科を卒業後、科学技術計算系の情報処理サービス会社に入社し、パソコン&UNIXワークステーションを活用した人工衛星画像の処理/解析業務に携わりました。

 

 1993年長男出産のために退社。しばらくの専業主婦時代を経て、在宅にてデータ入力の仕事を開始。その後テープリライト、PCインストラクター、WEBコンテンツ原稿執筆、情報処理試験の受験指導、システム開発、ネットワーク構築など、なぜか多種多様な業務にかかわるようになりました。
 現在は FileMakerProを用いた管理システムの構築や、学術団体向けデータベースの作成、サーバー管理、販売サイトのWEBサイト立ち上げなどがメインの業務となっています。

 

在宅ワークとSOHOワークは違う

新宿のレストランにて、赤ワインで乾杯。何に乾杯って…、再会を祝してか、初めての「じっくりおしゃべり」に、かな。いろんなイベントで顔を合わせても、名刺交換しながらの立ち話で、ゆっくりじっくりお話を伺うのは初めてだから。

 

卓也ママ まず最初の話として、在宅ワークとSOHOワークって全然違うと思うんです。やっぱり子育て主婦の働き方は、家族の状況と切り離せない。

 

廿 そう、その2つはどうも違うと私も思います。仕事で外にも出るけど、私は自分がSOHOだという気持ちには全然なれない。やっぱり在宅ワークって言ってます。

 

卓也ママ 私の仕事形態は、自己紹介するときが一番困る。「何でも屋」って言ってしまうと格が落ちちゃうので、偉そうだけど、「フリーのSEです」って言うようにしてます。SEっていうほど大規模なシステム設計もプログラムも組んでないんですけど、そう言えば話が通るので。

 

廿 SE(System Engineer)は通りやすくていいですよ。言葉が定着してる。テープ起こしは困りますね。「テープ起こし者」はすわりが悪いし、それ以外の呼び方も定着してない。

 

卓也ママ でも実は、職業名って、私のような仕事では難しい。例えば職人の世界だったらナントカ一筋何十年っていう言い方をするじゃないですか。テープ起こし一筋で十数年っていう方もいるかもしれない。でも私の仕事って、毎回違うことをやっているので一つの職業名をずっと名乗ることができない。常にフロンティア的にいろんなことをやるから、そういう意味ではキャリアが積めないんですよね。

 

廿 ナントカ一筋何十年という世界とはちょっと違う。特に卓也ママさんの場合はそうですよね。ある意味すごく実験的な働き方というかね。

 

卓也ママ やっぱり私はお客さんに恵まれたんだと思いますよ。

 

廿 お客さんが「これはできる?」「こんなのはできる?」って言ってくれるわけですね。

 

卓也ママ そう。お客さんが「うちの会社、今度こんなのを入れるんです」って言うから、私が「じゃあ、こういうプログラムをかませると楽ですよね」って作るとか。業務改善お手伝い、みたいな仕事だから、ITサポートの山口ですって言うこともある。名刺の肩書きは「ITサポート・システム開発・データ入力」って書いてある。
だって技術は日々変わるんだもん。「Windows98一筋、十年間」ってあり得ないよね。

 

廿 それは単なる化石だ(笑)。

 

卓也ママ 人よりも半歩先を知っていてフォローできるような仕事かなと、最近は思ってます。

 

廿 そういう立場だからアドバイスができるわけですね。

 

卓也ママ そうですね。先もある程度読めるし、過去のこともある程度わかるから。

 

掲示板が好き

以前、「ホームオフィスナビ」というWeb上のコンテンツがあった。こんな紹介文だった。

Panasonic hi-ho KURASHI Web「ホームオフィスナビ」
松下電器産業株式会社が提供するプロバイダ、パナソニックハイホーの在宅ワークコンテンツ、それがこの【ホームオフィスナビ】。
仕事・育児・家事とそれを取り巻く問題を含め生活提案していきます。

 

卓也ママさんは、ここの掲示板「ホームオフィスナビ談話室」の管理人として活躍されていた。

 

廿 ホームオフィスナビの掲示板は、いつごろできたんですか?

 

卓也ママ 98年ぐらいからだと思う。そのころ、hi-hoがKURASHI Webというのを始めて、そのいろいろなコンテンツの一つとして、ホームオフィスナビができたんです。その中に在宅ワークに関する情報を交換するための談話室があったんですよ。

 

廿 どういう経緯で管理人さんに就任されたんですか?

 

卓也ママ 98年1月に、オフィス・ウイル(現・株式会社ウイル)の奥山睦さんの仕事をさせていただいたんです。奥山さんはホームオフィスナビのナビゲーターをされていたから、「よかったらWebサイトにも来てくださいね」って言われて、私も掲示板に書くようになった。管理人を頼まれてもいないけど、掲示板に何か質問があったらレスを返していたんです。そうしたら、正式に管理業務にかかわるようになりました。

 

廿 掲示板って、「なんでそんなことにこだわってるのかな」ってところですごく深刻に落ち込んでいる人とか、たまに出てくるでしょう。掲示板の管理人って、そういう人にもレスしてあげなきゃいけないし、大変じゃないかなと私は思うんですよ。

 

卓也ママ 私、掲示板すっごい好きなの。それに、私はあの掲示板、実は営業ツールにも使ってたから(笑)。在宅ワーカーって、その人の人となりがわからないでしょう。自分を知ってもらうツールとして使わせていただきました。

 

ホームオフィスナビは、掲示板以外にコラムやオンライン講座など内容豊富だったけど、hi-hoコミュニケーションサービスの終了とともに2005年3月に休止された。
在宅ワークに関するいいコラムが多かったので、私はいくつか内容を保存してある。

 

メンバーは募集でなくスカウト

廿 今、どんな仕事をされてるんですか?

 

卓也ママ いくつかあるんだけど、入力がらみでは、ある学術団体の過去数十年分の論文データをデータベース化するとか、名簿的なデータを入力して加工するという仕事とか。どっちも入力自体を私がやることはほとんどなくて、誰かに…でも、その「誰か」っていうのが最近なかなかいないでしょう?

 

廿 いないですね。

 

卓也ママ 以前からの仲間は実力もついたしお子さんも育ったし、みんな外に勤め始めちゃったので、今は初心者の方を育ててお願いしてます。PTAを通じてお知り合いになった地元の方に、「パソコンできるんだったら、ちょっとやってみない?」とスカウトしてるの。
技術なんか私が教えてあげられる、大事なのはまじめさとかコミュニケーション能力だと思ってるので。

 

廿 でも、それって教育がすごーく大変そうじゃないですか。

 

卓也ママ 使っちゃいけない漢字や記号のこととか、データ入力の基本からですね。USBメモリを渡して、「データはここに入ってるから使ってね」って言っても、「えっ、これどうしたらいいの?」って人もいるし。外部媒体から読み出してハードディスクにコピーするってことがわからない。

 

廿 今でも?

 

卓也ママ 今でもそれは多いです。ケータイ普及のせいで、むしろ今のほうがひどい。だからね、地元の人に限るの。相手が困ってたらすぐ行けるでしょう。
小学校のPTAでバザー委員長をやってるんで、バザー委員会の事務局も鍛えてます。文章の作り方とか、ワードやエクセルの使い方とかのアドバイスをしてるよ。
だって、いざ自分が困ったときの持ち駒を増やしておかないと!って思いません? 私や主人の親が、いつ介護生活になるかわからないわけでしょう。いつでもやめられる態勢は作っておきたいんですよ。ヘルプしてもらえる人材とかもね。

 

廿 それはありますね。

 

卓也ママ 在宅ワークは、自分の技術を伝えにくいじゃないですか。会社だったら見て覚えることができるけど、お互い在宅じゃできない。だから行って教えるしかないと思って。

 

廿 その方たち、続いてます?

 

卓也ママ 子供の友達のお母さんだし、長年知ってるから。教えてあげればだんだん「バザー委員会だより」の仕上がりが良くなったり、USBメモリを渡しただけでファイルの読み込みができるとか、上達していきますよ。

 

求む!ニューカマー

卓也ママ 在宅ワークを始めたころ、オフィス・ウイル(現・株式会社ウイル)の奥山睦さんから仕事を出していただいて、結構仕事のできる人間と思ってもらえたらしいんです。「データ入力ができるなら、テープ起こしもやってみて」「リライトもできるんだったら800字でまとめてくれる?」「コンテンツの原稿も書ける?」って奥山さんに次々リクエストされて、仕事の幅が広がっていった。
このころにFileMakerProも始めたのかな。「ちょっとした管理プログラムを作ってほしい、お客様がFileMakerPro指定なんだけどできる?」って言われて。

 

廿 奥山さんつながりですね。

 

卓也ママ 私はカンペキ奥山さんルートなんですよ。在宅ワークの派閥…と言ったらいけないけど…みたいなものがあるでしょう。私は奥山さんルート。

 

廿 そういう意味では、私は笠松ゆみさんルートかな。

 

卓也ママ それにしても、在宅ワーカーのカリスマというか、ニューカマーが欲しいよね。

 

廿 フラウネッツの宮田志保さんは私たちより少し後だけど、その後が出てこない。

 

卓也ママ うん、宮田さんが最後だよね。

 

廿 笠松さんは、いろんな意味でとにかく目立ったでしょう。あの方が広告塔になってた面があったと思うんですよ。
100人ぐらい希望者がいてちゃんと生き残っていけるのが2、3人だとすると、誰かが派手な広告塔になってやりたい人を100人呼ばないことには、生き残る2、3人もいない。今、そういう広告塔になれる人がいないんですよね。

 

卓也ママ 笠松さんとか…、社長さん系ではハッピーコムの戸田江里子さんとかオフィスエムの田上睦美さん、エムネットジャパンの富澤まゆみさんとか…。それからウイルの奥山睦さん、いわきテレワークセンターの会田和子さん…。やっぱりパワーが違うよね、この人たちは。
そういう女性社長がずらーっていう中に、なぜか知らないけど単なる在宅ワーカーの私がいる、みたいな(笑)。以前、そんな場があったのよ。厚生労働省の在宅ワーク検討委員会ってのがございまして、大学の先生や、エージェントの代表さんに混ざって、現役の在宅ワーカーということで私が委員になっておりました。

 

廿 きら星のごとくですね。

 

・奥山睦さん…株式会社ウイル代表取締役
・宮田志保さん…特定非営利法人フラウネッツ理事長
 宮田さんご自身は在宅ワーカーというよりSOHOワーカーだと思う(事務所もお持ちだし)けど、在宅ワーカー支援活動も行っているので、ここでは「在宅ワーカーのカリスマ」とお呼びしています。
・笠松ゆみさん…2006年3月までSOHOWORKネット主宰。SOHO・在宅ワークに関する著書多数。現在はペンネームで作家としてご活躍。
・戸田江里子さん 株式会社ハッピーコム代表取締役
・田上睦美さん…株式会社オフィスエム代表取締役
・富澤(二松)まゆみさん…2003年から「夫婦仲と性の相談所」を運営開始
・会田和子さん…いわきテレワークセンター代表取締役

 

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