ベタ入力は絶滅危惧種

 ベタ入力は、文字入力・テキスト入力・文字データ入力などとも呼ばれて、「文書作成」と共に絶滅危惧種の仕事だ。
 いわゆるデータ入力がセルのあるソフトに入力するのに対し、ベタ入力はワープロソフト(Wordなど)かテキストエディタで入力する。典型的な形態は原稿用紙に手書きされた文章の入力で、入力初心者にとって最もとっつきやすい仕事だった。

 ベタ入力は、文字内容だけをベタッと打つ仕事だ。
 入力者がベタ打ちしたデータを、DTPオペレータが加工して印刷用レイアウトに組み上げる、という分業になることが多い。だから入力者への発注元は、印刷会社あるいは出版社(編集プロダクションを含む)が多い。

 ベタ入力には特別なルールがある。書式設定は後工程のDTPでなされるから、文字内容・全半角・改行位置さえ合っていればいいというルールだ。
 簡単すぎて、かえって不慣れな人には理解しにくい。
 原稿が1行20字で書いてあるからと、入力データを20字ごとに改行してしまう人もいる。原稿用紙が1行20字だからといって、その文章を書籍にするとき1行を何字詰めにするかは別、ゆえに20字ごとに改行記号を入れてしまったらかえって後工程が迷惑するのだが。

 そういうことを解説したくて、2002年に『文字入力ワークドリル』という自主制作本を作った。ところが、それ以前から減っていたベタ入力の仕事が、この頃からさらに深刻に減った。文章を書く人が原稿用紙に手書きせず、最初からパソコンに向って書くことが定着したためだ。
 (減ったもう一つの理由は、OCRの普及だ。OCRについてはいずれ書く予定)

 2002年11月~2005年12月まで講師をしていた「オンライン講座・文字入力コース」は、初心者に最も向く仕事としてベタ入力の技法を身に付けるという趣旨で始めた。ところが、ベタ打ちの仕事が減ったせいもあり、講座の途中からは違う目的で受講する人が増えていた。
 テープ起こしをしたいけど入力スキルがない…と感じた人が、受講するようになったのだ。実際、聞き取りだの調査だのというテープ起こし特有の必要技能にエネルギーを注ぐためには、入力そのものは楽々できる必要がある。
 受講者層が変わったために、「カタログのベタ入力」「子供の作文のベタ入力」などという講座のカリキュラムは、ニーズに合わなくなっていた。テープ起こしをしたい人のための入力練習には、違った教材が必要だ。

 ベタ入力の仕事は絶滅したわけではない。私は今でもやっている。ただし、入ってくるのは1年に1回か2回にすぎないのが淋しい。

応募者が3名だった

 データ入力系は、おそらく仕事自体も減ってきている。だから入力者が減っても問題なくやってきたのだと思うが、そろそろ人手不足は深刻になってきつつある。

 例えば、私は今年3月に長年なじみのメーリングリストで入力者の募集をした。ごく単純な仕様のアンケート回答の入力だ。それに対して、たった3名しか応募がなかった。

 3名とも知っている方で、皆ベテランだ。だから発注する予定のなかった分まで頼むことにして3名ともやっていただいた。

 でも、経験の少ない人からの応募が全くなかったということがとても気になる。
 納期に対して「1件15項目」という項目数が多く感じられた…ということもあるかもしれないが、そのことについては募集メールで説明している。「自由記入がなく選択肢番号のみだと1件16字程度」「ほとんどが選択肢番号の入力のみで、さほど難しくはありません。自由記入は少ないようです」
 現に、約48時間の納期に対し1人の方はわずか数時間後に納品してくれている。「重い」仕事ではない。

 しかも支払いは1字○円であって、1件○円ではない。文字単価にしたのは、私の経験から来るものだ。選択肢番号の入力だけなら1件約16字の入力で済むのに、自由記入欄に数百字も書いてあると、「こんなに入力して、この1件もたった○円?」と、1件単価はひどく不公平に思えるからだ。1字○円のほうが、入力した分を正確に受け取ることができてすっきりする。
 設定した文字単価も、最近のデータ入力としてはかなりいい方だと思う。実はあとで計算してみたらもっと支払っても問題ないことがわかって、3名の方には値上げして払った。
 「あとで値上げ」はともかく、最初の単価でも、単価が安すぎるから応募しなかったということでは恐らく、ない。この半分の単価でも、以前はたくさん応募があったのだから。

 春休み中だったので応募しにくい人がいたかもしれないが、それにしても…。
 データ入力をやりたい人自体が少ないのだ。この(ひところに比べれば)異様な少なさについて、これからしばらく書いていこうと思う。

 

自立すればデータ入力はまだまだいける

 データ入力系は暗い話題ばかりだ。単価は安い、納期は短い、サギや悪徳商法は多い、仕事は減っている、やりたい人も減っている、入力グループの運営は難しい

 私は1999年1月から在宅で入力の仕事を開始して以来、データ入力に全然関わらなかったのはごく短期間にすぎない。その前の数年は入力会社でパートをしていて、主にデータ入力を在宅さんに割り振る業務だった。
 だからデータ入力とのつき合いは長いが、まだ飽きてはいない

 データ入力は楽しい仕事だ。入力の中身も、まあ名刺や名簿の入力内容が勉強になるとは言えないが、アンケート回答の入力というのは素晴らしく勉強になる。
 しかも、儲かるデータ入力の仕事だってちゃんとある。納期のゆったりした仕事もある
 今、私の仕事はデータ入力系とテープ起こし系が同量ぐらいで、さらにライター系の仕事がときどき混じる。どれも好きだし、私の場合、どれも1日で稼げる金額は同じぐらいだ。

 データ入力でうまく稼ぐ方法。
1)「末端」というポジションをやめて発注元から直接取ること
 データ入力の場合、エージェント経由はもはや単価的にきびしい(ことが多い)。登録先から仕事をもらうのは駆け出しの時期だけにして、その後は自立する
2)1人でこなせる規模の小さい仕事を狙うこと
 個人や小さい会社からの仕事をエージェント抜きで直接に受注し、きちんと打合せをしながら進めるのが、やりがいもあり単価もいいのでおすすめ
3)「データ入力の先の工程」を含めて受注すること
 アンケートなら集計レポート作成まで、DM用の名簿入力ならDMの文面作成や宛名出力まで
4)激安仕事に手を出すぐらいなら節約に励むほうがまし、と自分に言い聞かせること
 ベテランが作業しても時給換算100円台なんて、どう考えても狂っている。たとえ手が空いていても、そういう一部の激安仕事は無視!

※これは、どうしても生活のために稼ぐ必要がある人のための4カ条だ。入力をしたい人の動機はいろいろなので、これが向かない人も多いとは思う。

 

「文書作成」の絶滅

 以前は、入力系の在宅ワークは「テープ起こし」と「文書作成・データ入力」の2つに分類されることが多かった。
 ところが現在は「文書作成」が消え「テープ起こし」と「データ入力」になってしまった。レイアウトする入力が外注されなくなったのだ。

 1999年~2000年ごろ、私は有価証券報告書のPDF化という仕事のメンバーだった。当時私が仕事をもらっていた入力会社が、この仕事を下請けしたからだ。
 それまで印刷物として配布されていた有価証券報告書(上場会社の会計報告書みたいなもの)を、ネット上でも公開することになった。全ての上場会社がPDFファイルを作るのだから入力業界にとってはまさに「特需」で、ほかにもいくつかの会社が受注し、かなりの人数の入力者が関わったはずだ。

 有価証券報告書というのはお上に報告する文書で(東京あたりの会社なら「関東財務局長殿 ○年○月○日提出」と書き始める)、どの会社もほぼ同じ形式になっている。
 何か実例を…どの会社でもいいけど、例えばファミリーマートの有価証券報告書ページ。「平成15年2月期以前」のファイルを何か開いて見てみてほしい。
 会計文書なので、位取りの位置が揃わないなんてことは絶対許されない。ワードで元ファイルを作るときは、カッコや%の位置まで規定通りに揃える。箇条書きや注記部分の左インデント位置も、それぞれ厳格に決まっている。

 こういうチームに入って研修を受けるとレイアウトの実力がつく。けれどもこういう仕事は単発で、翌年はもう戻ってこないから、実力をつけても発揮する場所がない。
 有価証券報告書は毎年作成するのだが、一度レイアウトを組み上げてしまえば、翌年からは数字や文章を入れ替えるだけで使えるからだ。いちいち外注するまでもない。

 今たまに募集を見かけるのは、パワーポイントによる資料作成。このソフトは、使い方は簡単だ。ただし、パワーポイントを使うのは「ビジュアルな資料」を作るときなので、正しければOKの有価証券報告書などとはかなり違う。
 それまでの仕事でプレゼンテーションや企画営業に全く縁がなかった人や、デザインに興味のない人などにはむしろ難しい。「任せるからカッコ良く作って」という仕事なのだ。

 「指示通りに1ミリの誤差もなく厳密に」というレイアウトの仕事は、ほぼ絶滅している。私が出していた『月刊在宅入力者』も、第1期当時は「ワードレイアウト」の記事を多く掲載していたが、第2期では継続することができなかった。

 

データ入力コースの不人気

 「オンライン講座・データ入力コース」の教材を作っているとき、メーリングリストで告知してデータ入力についてのアンケートを行った。2004年秋のことだ。
 データ入力の仕事をしている人は、問題点として単価を上げる人が多かった。それは予想できたが、「あまりに単価が安いのでデータ入力の仕事をやめた」という回答が予想以上に多かった。

 受講した人も、たちまち仕事に失望してやめてしまうかもしれない。それだったら講座に何の意味があるだろう。

 私自身の仕事は、テープ起こしもデータ入力も時給換算でほぼ同額だ。案件によって「時間がかかって割に合わない」「思いがけなく簡単で儲かった」というばらつきはあるにしても、やめたくなるような低単価のデータ入力はしていない。
 ここにギャップがある。ギャップの原因は、わかるようでわからない。

 私の場合は、早く始めたというメリットがあるのかもしれない。
 まだ企業側に1人1台パソコンがない時代に始めて、つまり出す側もあんまりわかってないので、何を納品しても感謝してくれた。世の中のパソコン事情がレベルアップするにつれて、私も勉強してレベルアップを図ってきた。
 今から始める人は大変だ。エクセルで言えば、出す側が関数やマクロを活用してスピードアップできるのに、プロであるべき入力者側が文字を打つことしかできないという状態。パソコンそのものに不慣れで、せいぜいメールのやりとりができる程度で始めようという人には、必要なスキルが高度すぎる。

 私のメリットは、あとはたぶん東京に住んでいるということ。
 私も、最初は入力会社に登録したり入力グループに入ったりして、単価の低い仕事をやってきた。ただ、わが家の経済状態からすれば、稼げないならパートに出たほうがましで、ある程度経験を積んでからは単価のいい仕事にありつけるよう必死に努力した。
 その努力とは、結局いいお客さんを見つけるということに他ならない。東京は事業所が多いから仕事も多い。入力者も多いから競争も激しいが、それでも地方から見れば「いいわね、東京は」という面はあるかもしれない。

 いろいろなところ(SOHO支援団体など)のデータ入力講座は次々打ち切られていった。データ入力という仕事の不人気はどうしようもなかった。私の初級データ入力コースも、1年ちょっとで自分から言い出して終わりにした。
 今でも、あの講座は違う作り方をしたほうが良かったんじゃないかと、よく考える。初級コースよりむしろ、今やっている人が希望を持って続けられるようなスキルを扱うこと、つまり中級ぐらいの内容にしたほうが、誰かの役に立ったかもしれない。

 

身分証明書を提出した

 新しい取引先に対しては、とりあえずA4判1枚の簡単な業務案内を持参する。必要に応じて、個人事業者としての登記簿謄本や印鑑証明を提出することもある。
 業務委託契約書や機密保持契約書にサインすることもよくある。去年か一昨年ぐらいからは、セキュリティ上の観点から、作業環境について細かい質問書を送ってくる企業も増えた。

 そこまでは慣れていたけど、今回は珍しい書類を要求されたので、ちょっとご紹介。身分証明書というものだ。
 市役所で取れると聞いて出かけてみたら、現住所の役所で取るのではなかった。これは戸籍の仲間で、本籍地で取るものだという。幸い私の本籍地は隣の市だから、すぐ出かけて取ってきた。1通200円だった。
 消費者金融で借りすぎて自己破産した人って、こういうとき仕事を受注できないのかも。内容はだいたい次のとおり。自治体によっては身元証明書という名称のこともある。

身分証明書

本籍:××
氏名:××
生年月日:××

1 禁治産又は準禁治産の宣告の通知を受けていない。
2 後見の登記の通知を受けていない。
3 破産宣告又は破産手続開始決定の通知を受けていない。

上記のとおり証明する。

年月日
××市長 ××

 

ノウハウは分解すればスキルにすぎない

 6件同時進行などという忙しい状態がずっと続いている。このままでは疲れて大きなミスをしかねない。

 作業手順の見直しをしてみた。テープ起こしにはあまり改善の余地がない。「アンケート入力+集計レポート作成」のほうを、「宅配便受け取り+荷ほどき」から順番に作業内容を書き出してみた。
 荷ほどきなんか仕事のうちに入らないって? いやいや。宅配伝票は先方と自分の個人データだから安易にゴミ箱にポイというわけにはいかないし、次から次へと仕事が届くと封筒や梱包材を処分するひまさえない。あげくに、内容確認だけは早くと思いながら、未開封の封筒を翌日まで放置する羽目になったりもする。

 メール・電話等の打ち合わせを除く実作業だけでも、「宅配便受け取り+荷ほどき」から最後の「梱包+宅配便発送」まで16工程。なのに「入力+校正」という1工程しかスタッフに頼んでない。頼める作業は頼もう。

 「この仕事はノウハウのかたまりで」とか「手順を説明するには一緒にパソコンの前で何時間ものレクチャーが必要だから、遠方の人には無理」なんてことはない。
 ノウハウは手順を分解すれば一つ一つは単なるスキルに他ならないし、長ったらしいレクチャーより「これを使えば簡単に作業できる」というツールを提供するほうが賢い。さらにはチェックリストを作成しておけば、作業者自身がミスを発見・修正できるから、検品が楽になる。

 今後の仕事
1. 自分でやるべき作業の範囲を明確にする。
2. 外注する作業に便利ツールを作成する。
3. 作業マニュアルとチェックリストを作成する。
4. それぞれの作業に発注単価を設定する(今は入力+校正の単価しかない)
5. 徐々に作業を引き継ぐ。

(業務連絡:この記事を読んで「アンケートのスタッフって私のこと?」と思った方、そうですー。簡単なところから少しずつお願いしますのでよろしく!)