(2008年4月のザイニューWebでの連載を再構成したもの。奥山さんの経歴等も当時のものです)
廿 会社は無理としても、でもやっぱり人としゃべりたい。今仕事を頼んでいるのはみんないい方なんですけど、会ったことがない、顔も声も知らない方も多い。私はすごくその方たちに感謝してるんだけど、現実に何もしてあげられないし。
毎年、年末にせめてキャラメル1箱でもいいから贈る、とも考えたんだけど。わが子用クリスマスプレゼントもなんと23日にあせって買いに行くような、行き届かない私だから、なかなか。
奥山 たまたま私の場合は、まわりにいた在宅ワーカーの方で、例えば卓也ママさんとかリーダー張れる人がいて、人が遠いところから集まるんですね。だからいまだに新年会と忘年会やってますよ。しかも東京圏だけじゃなくて静岡のほうとか、みんなで長野まで行ったりとか、そんなのをずいぶん長くやってますね。
廿 それはいいですねえ!
奥山 ゆるやかな関係じゃないと長く続かないかなという気もするんです。あんまり縛っていくとお互いにつらくなっちゃうから、ゆるやかにつながっていける、必要なときに力を貸していくという。
廿 このシリーズでお話を聞きに行くたびに、いつも今日は勉強になるなあと思って帰ってくるんですけど、今日もとっても勉強になります。私の当面の悩みを相談できる人があんまりまわりにいなくて、こういうことを相談できる人ってきっと奥山さんだなと思ってたんです。
奥山 うん、よく在宅ワーカーの方の相談に乗ってますね、私。仕事で地方に行くことが多いじゃないですか、そういうときその周辺の在宅ワーカーさんを呼んで、夜一緒にご飯食べたりとか。そういうの嫌いじゃないので、まめに情報交換したり、相談に乗ったりしてます。
廿 仕事お願いしている方との懇親会もしたいんですけど、データ入力系は単価が低いから費用が出せない。それも納得いかないところなんですよね。データ入力って、コピー機的な仕事じゃないですか。コピー機はA4の紙1枚10円。そうするとデータ入力は、この先もっと安くなっていくかもと思うんです。でも、それに携わる個人はちゃんと報われるべきで、現状はひどいなあ…と思うと、この仕事を勧めるのがますますおっくうになる。
100円ショップでアルバイトしても、時給100円なわけではない。安いものを扱ってもそれなりに待遇できるシステムは必要なはずだ。
廿 私自身は極端に低単価な仕事はしませんけど、みんなで遠出をする予算が取れるほど儲かる見込みはなくて。
奥山 今、相場ってどれぐらいなんですか?
廿 普通の名簿データ、郵便番号からずーっと会社名、部署名、役職名、メールアドレスやURLまで打つと、1件平均200字ぐらいあるはずなんです。
奥山 ありますね。
廿 本当は200円ぐらい欲しいところじゃないですか(名簿系はあまりやらないし、金額的にもそんなにもらったことないけど)。それが在宅ワーカーに出す段階で**円とか、狂ったものを見かけるんですよね。1文字単価が0.1円をぜんっぜん割っているような。
奥山 う、うわっ…。それはひどいですね。
廿 お金を払ってでもまず経験を積むべきだと、昔は言ってきたんですけど。そこを脱出できる見込みがなかったらどうしよう。この仕事は面白いって勧めていいんだろうか。
奥山 うん、でも、あとは考え方一つだと思うんですよね。例えば、0.1円を切る仕事は入口かもしれない。もしかしたら出口は違うところにあるかもしれない。
廿 あ、なるほど!
奥山 そこが出口だと思っていると、勧められないし、つらい。でも、その入口から入って違う扉を開いたり、違う出口に光が見えてきたりするかもしれないですよね。
廿 それはいい考え方だ…。今、そう伺って私の気持ちにも出口になりました。
奥山 それに、時代と共に仕事も変わってきますからね。
今回と次回は、3月に出たばかりの奥山さんのご著書『職人の作り方 ものづくり日本を支える大田区の「ひとづくり」』 マイコミ新書 をめぐって。
廿 私がお願いしているのは遠方の方が多いから、かえって地域密着っていうものに興味があるんです。今回のご本もすごくいいなあと思って。
奥山 私の場合は育児があったので遠くまで出られなかったし、夜出かけることもできなかった。そうすると、すぐ行けて、会えて、話せるっていう地域が最高なんですよね。見渡すとこの大田区って意外に広い地域で、仕事もそれなりにあって面白いなと。
廿 大田区にお住まいなんですか?
奥山 住まいは品川区です。独身時代に新宿区で会社を作ったんですけど、夫が大田区にいたので結婚で大田区に移転してきて、以来ずっと事業所は大田区です。
廿 大田区は、東京としては独特ですよね。
奥山 ええ、独特な地域特性を持っているので、この面白さを伝えていけたらという思いがあるんです。
廿 ご本の中に、「横請けネットワーク」って言葉が出てましたでしょう。あれは具体的にはどういう状態なんですか?
奥山 大田区の製造業は、専門会社が密集してるんですよ。金型だけ、旋盤だけ、磨きだけ、とか。彼らがクライアントから仕事を請けるときは「何でもできます」とまず言うんですね。例えば金型屋さんが仕事を請けるんですけど、まわりに小さい専門会社が密集してるから、全部できるってことにして、みんなに振るんです。
廿 ああ、なるほど。横請けというのは、下請けではないんですね。量が多くて自分のところで全部できないから下請けに出すっていうよりは、工程別に。
奥山 そう、工程別のプロフェッショナルに振っていくんですね。最終的に一つの製品にして納品するわけです。
廿 距離が近いからできることですね。
奥山 たしかにそうかもしれない。この地域でインターネットがなかなか普及しなかった理由は、自転車でまわれる距離にみんないるから。メール書くより、自転車で行って「お願いね!」って図面渡すほうが早いですから。
廿 西武新宿線の中井とか下落合あたりは、川沿いに染色の工房がまとまっているところなんですけど。
奥山 そうですよね。
廿 私、大学を中退してそこの手描友禅の工房に入ったんです。
奥山 え、それは知らなかった。なんでまた…職人になりたかったんですか?
廿 自分のことを、半分わかっていて半分わかってなかった。座り込んで黙々とやる仕事がやりたかったんです。それは職人系だろうと思って。大学は好きじゃなかったし、着物は好きだったし、たまたま新聞に求人が出ていた工房に飛び込んじゃったんです。でも根本的に間違っていたのは、私は、手が不器用。
奥山 うはは…、実は職人向きじゃなかった(笑)。
廿 そうなんです。入力は手を動かすけど、タイピング自体は物を作らないでしょう。手を動かして物を作るのは全然だめ、お料理とかもヘタだし。
染色は最後のほうの工程で糊を洗い流す、いわゆる友禅流しがあるから、昔はその工程は川沿いに立地しないとだめだった。だからほかの工程の人たちも川の近くに住んで、お互い自転車でまわれる距離なんです。だから、大田区のその感じは、お聞きしてみると想像がつくし、好きな感じです。
奥山 マニュファクチュアの世界ですよね。家族と親戚が社員になってるような小さい会社がいっぱいあって、そういう人たちが日本の輸出を支え、外貨を稼ぎ、それで経済を回している。
廿 大田区は、大学(過去に中退したほうじゃなく、今行っている大学)の演習で調べたんですけど、独特の地域だと感じました。商業とか観光に力を入れている気配が全くなくて(笑)。
そりゃあ大田区は世界に誇るウルトラ町工場地帯ではあるけど、実は羽田空港を擁する「交通の要」だし、温泉も出るというし、池上本門寺もあるし。やろうと思えば商業や観光だってできなくはないはずなのだ。
奥山 たしかに…。行政の施策も工業オンリーに近いですからね。
廿 その演習で競合地域の動向も調べたんですけど、大田区の商業系の指標は、隣の品川区に負けまくっている。
奥山 もちろん負けてます!(笑)
廿 今、仕事は組織でやっていく時代になっていますでしょう。組織化して大きくしたほうが強いと思うんですよ。大企業でもさらに合併しますよね。農業とか個人商店とかは、家族でやってて、経営規模が小さいから動きが取れない。
小ささのデメリットを突破できる方法が地域でまとまることだとすると、私みたいに遠方の人に仕事をお願いしていてつながりにくい場合はどうしたらいいんだろう、何か活路はあるんだろうか。今すごく迷っているところなんです。今からでも地域密着に切り替えたほうがいいのか。そうすると私は「地方でもできますよ!」とか言っているのに、それは矛盾してるんじゃないかとか。
奥山 でも、テレワークってもともと、遠隔地でも情報通信機器があれば仕事はできる、それがメリットだってうたっているはずなんです。地域密着というのはたしかに便利だけど、それは別にテレワークでやる必要はない。
廿 そうですよね。だって自転車で行けるんだから。
奥山 テレワークでやるんだったらテレワークなりのことができると思いますよ。だって、1996年に初めて在宅ワーカーの方に仕事を出した時期は、あえて私、遠方の方に出したんですもの。アメリカの方、九州や北海道の方とかに。
廿 え、なぜですか?
奥山 地域間格差というのを埋められるんじゃないかなと思って。実力が伯仲してるんだったらあえて遠方の方にお願いしてました。だって、それがテレワークの良さなんだから。
Webサイトの定期更新なんか地域性は関係ないですから、お願いしている在宅ワーカーさんはいまだに遠い方が多いですよ。それがテレワークの良さなんじゃないでしょうかね。切り分けて考えたほうがいいと思うんですね。
廿 そうか、テレワーク…。
つまり、私の仕事形態には2つの側面がある。在宅ワークであり、テレワーク。
在宅ワークは漠然とIT系業種を指すことが多い。でも、例えば自宅で教える茶道の先生のように、自宅仕事の種類はたくさんある。
テレワークというのは、情報通信機器を駆使して、距離の問題なんか乗り越えて…という仕事形態。奥山さんがおっしゃった「テレワークでやるんだったらテレワークなりのことができると思いますよ」という言葉を、デスクに貼っておこうかしら。